2022年4月の和歌山を巡る5泊6日の旅行記の第5弾です。
旅のテーマは「独特の地形・地質を堪能」「オーベルジュでグルメを満喫」、「アドベンチャーワールドのパンダと対面」、「世界遺産~熊野・高野山エリアでの心の癒やし」です。
今回は旅の最大の目的である「熊野古道を歩いて熊野三山を巡る」についての3回目です。
これまでの旅の内容については以下の関連記事を参照ください。
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熊野本宮大社に向かいます
宿泊した川湯温泉から熊野本宮大社までは車で10分程度の距離です。
駐車場は本宮鳥居のすぐ横にある「熊野本宮館」を利用しました。この駐車場からバスに乗って熊野古道中辺路の途中にある発心門王子という所まで移動し古道を歩いて本宮に参拝予定でしたが、生憎の雨でそのまま本宮に参拝することにしました。

熊野本宮大社はかつて熊野川と他の川の合流点にある中洲「大斎原(おおゆのはら)」にありました。江戸時代までは中洲への橋がなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り身を清めて詣でていました。

明治に入った1889年8月の大水害により社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社に移築されました。

熊野本宮大社は過去熊野の神が降り立った場所という意味で「熊野坐神社(くまのにいますじんじゃ)」と呼ばれていました。その後は神話や仏教と融合した熊野権現信仰となり、現在の主祭神は家津美御子大神(スサノオノミコト)となっています。

古代この本宮の地に神が降臨したという言い伝えにより、熊野の神と言えば本宮のことを表していたようですね。
熊野本宮大社に参拝



神門の向うは社殿がある神域となっていて撮影禁止です。本宮の御由緒資料に記されているように移築された4社がお祀りされています。


那智や速玉大社のような朱色の社殿ではなく、色合いも渋く威厳を感じました。
神門の隣には「八咫烏(やたがらす)」が祀られています。

2022年(令和四年)への願いを込めて、宮司が大筆を使って書き上げた「今」という一文字が社務所の前に掲げられていました。


「今、この瞬間を大切にしながら皆さんに一年を過ごしてほしい。」という思いを込めた一文字だそうです。

また、2022年は明治22年の大水害で大きな被害を受けた御社殿が、明治24年に大斎原(おおゆのはら)から現在の本宮大社場所に遷座(移築)されて130年目にあたり、例大祭も含め記念行事が行われたようです。


熊野本宮大社旧社地「大斎原(おおゆのはら)」へ
熊野本宮大社から道路を隔てて10分ほど歩くと、大鳥居が見えてきます。

鳥居の背後のこんもりとした森が大斎原です。こちらも鳥居の向うは神域となっていて撮影禁止です。

江戸時代までの熊野詣での人々にとって最も重要な場所とされたのが、極楽浄土と見なされたこの本宮だったそうです。
大斎原は「周囲を川に囲まれた自然の森の姿に対して人々が崇拝の念を抱いた」ということが熊野信仰の起源だということがよく分かる場所です。
世界とのつながり(二つの道の巡礼者)
フランスからスペインにまたがる「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路(サンティアゴ巡礼道)」は1993年に、「紀伊山地の霊場と参詣道(熊野古道)」は2004年に世界文化遺産に登録されました。「巡礼道」が世界遺産に登録されているのは世界でこの二例だけということで、この二つ道の巡礼を達成した人のことを「二つの道の巡礼者」として認定するプログラムがあります。


<達成に必要な条件例>
サンティアゴ巡礼道:徒歩または馬で少なくとも最後の100km以上を巡礼する
熊野古道:徒歩で滝尻王子から熊野本宮大社(38km)まで巡礼する
両方の巡礼を達成した人にはピンバッチが贈呈されます。


2015年のプログラム開始以来、2500人以上の人が達成しているそうです。
すごい人たちがたくさんいるもんですね。
熊野古道・熊野三山を巡る旅まとめ
ちょっと寄り道(丸山千枚田)
雨が降っていたため熊野古道を歩くことをあきらめて、三重県熊野市にある丸山千枚田を訪れました。

ここは日本の棚田百選に選ばれており、1,340枚の規模を誇る日本最大級の棚田だそうです。雨に煙る風景が一段と風情を醸し出していました。

昭和の時代からの減反政策や地域の高齢化で大幅に減少していた田んぼを復活させるべく、地域の方々が保存会を結成したそうです。「千枚田の一部を利用したオーナー制度」などで地域外の人たちも巻き込みながら現在の姿を復活させ維持することができているようです。

こんな厳しい条件の下でも何とか米を作りたいと頑張った先人の皆さんとこの風景を守るべく頑張っている現在の人たちに敬意を表します。
とにかく一見の価値のあるお勧めの場所です。
熊野三山を訪れてみて
今回の訪問を通して、熊野信仰自体が自然崇拝から生じたということがよく分かりました。那智は滝、新宮(元宮が神倉神社)は岩、本宮は川に浮かぶ森という人間の理解を超えたスケールの大きなものに対して畏怖畏敬の念を持つというのはごく自然なことなのだと感じました。

信仰心が人間の思惑に左右されることなく、自然に対する思いとして持たれれば世界はもっと平和になるような気がします。
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