皆さんも自分の好きな映画やドラマの世界に入り込んで主人公の気分を追体験したいと思ったことはありませんか?
好きな映画の舞台やロケ地を巡ってそうした気分を味わうことは個人旅行でしかなかなかできません。
これまでも旅行を計画するときのメインテーマの一つとしてきました。そうした中でも特に印象に残った場所をエリア別に紹介する9回目です。

今回も日本国内の沖縄や九州が舞台となった映画に焦点をあてます。
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福岡① ~ 映画「君の膵臓をたべたい」
最初は2017年に公開された”膵臓の病を抱え余命わずかな女子高校生の桜良と病院で彼女の「共病文庫」を拾った人付き合いが苦手な同級生の”僕”の交流を現在と過去の出来事を交差させながら描いた映画「君の膵臓を食べたい」”の舞台となった福岡の博多~大宰府エリアです。
主人公の桜良が「死ぬまでにしたいことリスト」を実現するために”僕”と旅行で訪れるのが福岡です。


その後、二人は足を延ばして「大宰府天満宮」を訪れます。












原作では地名は明記されず「ラーメンの匂いがして学問の神様が住む神社がある場所」と表記されていますが、どう考えても福岡ですね。
福岡以外の印象的な風景は、通学ルートという設定で節目の場面に登場する映画のポスターにも使用された京都伏見の「であい橋」です。




不治の病に侵された美少女という設定はありがちですが、その少女に振り回される男子を絡めることで新鮮味がありました。ロケ地も映画と切り離しても訪れて楽しい所ばかりです。
福岡② ~ 映画「博多っ子純情」
次は1978年に公開された”思春期の男子中学生の性の目覚めやケンカの日常を博多祇園山笠を絡めてコミカルに描いた映画「博多っ子純情」”の舞台となった福岡の博多です。
映画のオープニングは博多の夏の風物詩「祇園山笠」の勇壮な姿が映し出されます。


博多祇園山笠は博多の総鎮守「櫛田神社」の奉納神事です。




櫛田入りする「舁き山笠」以外に町中には「飾り山笠」が展示されており、絢爛さを競っています。



主人公の六平たち中学生3人は祇園山笠の舁き手になることで一人前として認められようと奮闘します。博多の男たちにとって、山笠を中心に日常が動いているのが映画でもよく伝わってきます。
この映画の大きな特徴が劇中のセリフがすべて純粋な「博多弁」で話されていることで、九州出身者以外は聞き取るのに苦労します。(所々に標準語訳の注釈がつきます。)


六平たちは大人の世界に顔を突っ込んだり、喧嘩したりしながら思春期を突っ走っていきます。




1970年代の男子中学生の大人でもない子供でもない中途半端な姿を良くも悪くも描いた作品だと思います。当時の博多の街の風景も含めて、活気のあった時代の雰囲気が感じられると思います。
長崎① ~ 映画「まぼろしの邪馬台国」
次は2008年に公開された”1960年代に邪馬台国ブームを巻き起こした盲目の文学者の宮崎康平と彼を支えた妻の和子の軌跡を描いた映画「まぼろしの邪馬台国」”の舞台となった長崎の島原です。
映画撮影当時の沖縄はアメリカ占領下にあったためロケは国内で行われたようですが、モデルとなった実在のひめゆり学徒隊の痕跡は沖縄に残されています。


武家屋敷の近くには島原のシンボル「島原城」があります。






康平は、貧しさゆえに海外へ売られていった娘たち「からゆきさん」の悲しさ・哀れさを描写して、この子守唄を作ったと言われています。映画の中でも語られますが、からゆきさん達が異国へ旅立っていったのが南島原の口之津港です。


映画の後半は、島原鉄道を去ることになった康平を和子が目となって支えながら、ライフワークとしていた邪馬台国の在り処を特定するため、古典の地名を手掛かりに九州北部を回る場面が続きます。






映画の冒頭で、戦前の中国から引き揚げてきた少女時代の和子が暮らしたのが福岡の”水郷の街”柳川でした。



主人公の宮崎康平氏はさだまさしの”関白宣言”のモデルとも言われるほど癖が強かったようです。映画の登場人物として感情移入できるかは?ですが、一般大衆が邪馬台国に興味を持つきっかけを作った功績は大きいと思います。
長崎② ~ 映画「沈黙 -サイレンス-」
次は2016年に公開された”キリスト教が禁止されていた江戸時代初期に日本に渡ってきたポルトガル人宣教師が厳しい弾圧をうける中で神や信仰の意義を見つめ直す遠藤周作の小説を映画化した「沈黙 -サイレンス-」”の舞台となった長崎の雲仙です。
映画のロケは主に台湾で行われたようですが、関連する舞台は長崎県にあります。物語に描かれている江戸幕府がキリスト教信者に棄教を迫るための拷問や処刑が行われた場所が雲仙地獄です。







信じる宗教が異なるというだけで、人間はどうしてこんな残酷な所業が行えるのだろうかと考えさせられる場所です。残念なことに、現代においても世界を見渡すと宗教対立に起因する残虐行為はなくなっていないような気がします。
映画の中では描かれませんが、雲仙あたりがキリスト教弾圧の中心となった経緯に関わる遺跡が周辺にあります。



記念館の近くに島原・天草一揆(島原の乱)の舞台となった「原城跡」があります。





主人公のロドリゴ神父は厳しい拷問の中で殉教者を増やさないために棄教の道を選んで日本名をもらって暮らしますが、映画の最期は心の中では信仰は棄ててなかったことを示唆したシーンとなっています。本来人を救うためにできたはずの宗教が、信仰のために命を落としたり異なる信仰の人たちを攻撃したりすることの原因になるという矛盾を考えさせられる作品だと思います。
<映画情報>
沈黙 -サイレンス- (原題 SILENCE) 2016年
監督 マーティン・スコセッシ
出演 アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライヴァー、浅野忠信、イッセー尾形
鹿児島 ~ 映画「ホタル」
次は2001年に公開された”特攻隊の生き残りで漁師を営む山岡とその妻知子の夫婦愛と終戦末期の特攻作戦に人生を翻弄された人々を描いた映画「ホタル」”の舞台となった鹿児島の知覧です。
特攻基地のあった知覧には、映画にも登場しますが、特攻作戦の背景や隊員の日常や心情に触れるべく作られた「知覧特攻平和会館」があります。








映画の富子のモデルとなった鳥濵トメさんが営んでいた食堂が近くに再現されています。



10代後半~20代前半の隊員たちが、死を覚悟して母親、妻、兄弟姉妹に宛てた遺書の内容が何よりも胸を打ちます。自分たちが同じ年齢で学生だった頃と比較して、何てしっかりしていたんだろうと思います。そんな若者たちの命を無駄に奪った戦争の罪を実感します。
山岡夫婦の住む漁港からは鹿児島のシンボル「桜島」が臨めます。


映画のラストシーンは山岡の特攻時代の上官である金山(朝鮮半島出身)の遺品と遺書を韓国に夫婦で届けに行く場面です。金山のような朝鮮半島出身兵士の遺骨は東京目黒にある「祐天寺」に納められたそうです。



朝鮮半島出身の日本軍兵士の遺骨が千鳥ヶ淵ではなく「祐天寺」に納められていたことはこの映画で初めて知りました。遺骨の朝鮮半島への返還は政治的な問題もあり未だに完了していないとのことで、戦争の清算にはまだまだ時間が必要なのだと実感しました。
沖縄① ~ 映画「ひめゆりの塔」
次は1953年に公開された”日本の敗戦が濃厚となった1945年の沖縄戦で日本軍に招集され、看護婦として前線に立った女学生たちの悲劇を描いた映画「ひめゆりの塔」”の舞台となった沖縄の糸満です。
映画撮影当時の沖縄はアメリカ占領下にあったためロケは国内で行われたようですが、モデルとなった実在のひめゆり学徒隊の痕跡は沖縄に残されています。



塔に併設される形で学徒隊の体験を伝える「ひめゆり平和祈念資料館」があります。


ひめゆりの塔の近くには沖縄戦戦没者の追悼と平和の発信のための「平和記念公園」があります。





米軍に追い詰められて、日本軍からも見放されたひめゆり学徒や住民がたどり着いたのが、沖縄本島南端の「喜屋武岬」です。



国民を外敵から守るためにあるはずの軍隊が、本土を守るためという大義名分のもと女学生や一般住民を巻き込んで多大な犠牲を強いたという事実に衝撃を受けます。どんなにもっともらしい理屈があっても、戦争が始まってしまえばただの殺し合いになってしまうというということが示されていると思います。
糸満周辺以外にも沖縄戦の激戦の後は残されています。







映画はキャスト・スタッフ共に戦時体験者が製作している影響か、戦火により日常が死の世界へ変化していくのを何の感傷を挟むこともなくラストまで描きます。沖縄戦に関連する場所を巡っていると、静かに暮らしていれば平和が保証されるわけではないということを痛感します。
沖縄② ~ 映画「涙そうそう」
最後は2006年に公開された”ヒット曲をモチーフに、沖縄で生まれ育った血のつながらない兄妹が試練に立ち向かいながら頑張る姿を描いた映画「涙そうそう」”の舞台となった沖縄の那覇です。
兄・洋太郎は自分の飲食店を持つ夢に向かって、市場で野菜の配達の仕事で走り回っていたのが、那覇の「平和通り商店街」周辺です。




洋太郎は夜も琉球料理の店で働いていました。




主人公がよく口にし、自分の店の名前にもした「なんくる(自然に)」という言葉に代表される「沖縄の人たちの困難があっても何とか乗り切る」という姿が職場やお店のシーンでよく描かれていると感じます。
洋太郎の妹カオルや恋人恵子と訪れる場面にも沖縄の名所が登場します。






映画の最後にカオルが洋太郎の遺影を抱いて船で渡ったシーンは浜比嘉島周辺で撮影されました。

ロケ地以外にも沖縄には観光スポットがたくさんあります。



兄妹は厳しい現実を突き付けられた上に悲しい結末を迎えますが、沖縄の美しい風景が悲しみを癒してくれます。沖縄を訪れた際は、美しい海や風景を楽しむだけでなく厳しい現実について考えてみるべきということを示唆しているのかもしれません。
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