個人旅行国内旅行記

個人旅行の楽しみ:和歌山を巡る旅(6)~世界遺産「高野山」と美食オーベルジュ

パンダ・橋杭岩・神倉神社・丸山棚田

2022年4月の和歌山を巡る5泊6日の旅行記の第6弾です。

旅のテーマは「独特の地形・地質を堪能」「オーベルジュでグルメを満喫」、「アドベンチャーワールドのパンダと対面」、「世界遺産~熊野・高野山エリアでの心の癒やし」です。

今回は旅の最後の目的地である「高野山」訪問とグルメについてです。

これまでの旅の内容については以下の関連記事を参照ください。

個人旅行の楽しみ:和歌山を巡る旅(5)~世界遺産「熊野古道・熊野三山」へ(本宮編)
和歌山旅行のメインイベント「熊野古道を歩いて熊野三山を巡る」の第2日目です。熊野信仰の中心である熊野本宮大社や神々の降り立った地の大斎原を巡った後、丸山千枚田の景観に感動し熊野三山巡りを終えました。

高野山ってどんなところ?

高野山は周囲を1,000m級の山々に囲まれた標高約800mの山上盆地(東西3km、南北2kmほど)に117ものお寺が集まった宗教都市です。

高野山全体図

高野山というと一つのお寺の印象がありましたが、寺院の集まった町なんですね。

高野山は、いまから1200年以上前の816年に弘法大師・空海によって開かれた日本仏教の聖地です。この地が聖地になった理由は伝説に彩られています。

<弘法大師・空海の高野山開山にまつわる伝説>

 1.中国から投げた密教道具の三鈷杵(さんこしょ)が、高野山の松の木に引っかかった。

 2.道場となる地を求める空海の前に、黒と白の犬を連れた狩人が現れ高野山へ導いた。

1.の伝説については、壇上伽藍に「三鈷の松」と呼ばれる松の木がありこれが三鈷杵が引っかかった木だと言われています。この三鈷の松の三葉を見つけるとご利益があるということで、皆さんに交じって地面の落ち葉を探したところ運よく見つけることができました。

高野山開山のきっかけにもなった三鈷の松

財布に入れておくといいとのことですが、折れてしまいそうなので棚に飾っています。

2.の伝説については、「この狩人が高野御子大神(たかのみこのおおかみ)の化身で、母である丹生都姫大神(にうつひめおおかみ)~伊勢神宮に祀られる天照大御神の妹神~から高野山を譲り受けた。」となっています。このことに感謝した弘法大師が、最初に高野山の守護神(明神)として壇上伽藍に御社(みやしろ)を建て2神をお祀りしました。これが日本における「神道と仏教の融合」の始まりと言われています。

神仏習合の発端となった壇上伽藍の御社

神と仏が共存する中で、守るべきものは守るけれど受け入れるべきものは受け入れるという日本人の精神は育まれてきたのですね。

高野山へ向かいます

川湯温泉を後にして高野山エリアへ向かいます。

高野山へ向かう道は紀伊山地の険しい地形の中を通っているので、途中には様々な景色が広がっています。

十津川村にある十二滝
十津川温泉にある二津野ダム湖の風景
紀伊山地の渓谷の所々で見られる小さな集落

奥之院に到着

先ずは、高野山の信仰の中心で弘法大師が入定(永遠の瞑想に入る)している聖地「奥之院」を訪れました。

奥之院の正式な入口「一の橋」

弘法大師の入定されている御廟まで2㎞の杉木立の道のりを進んでいきます。

苔むした石塔が厳かな雰囲気を醸しています

この参道には名だたる戦国武将などの墓が多数点在しています。

関ヶ原で敗れた石田三成の墓
本能寺の変を起こした明智光秀の墓
高野攻めの最中に本能寺で光秀に討たれた織田信長の墓

戦国武将以外にはこんなものもありました。

ふぐ関係者による供養塔

現実社会では敵味方に分かれて戦った武将どうしが同じ場所で眠っているのは不思議な光景ですが、宗派や立場を問わず受け入れる寛容な精神が反映されていて穏やかな気持ちになります。

墓所を過ぎると、弘法大師御廟へと向かう御廟橋に到着します。ここから先は霊域に入るので撮影禁止となります。

御廟は「弘法大師が肉身をこの世にとどめ、今なお私たちに救いの手を差し伸べている」という信仰の続く聖地であり、この日もたくさんの人たちがお参りされていました。

奥之院の御朱印

修行の場としての高野山へ

奥之院からは距離があるので一旦車で中心エリアに移動しました。

このエリアには奥之院と共に二大聖地のひとつ「壇上伽藍」、高野山真言宗の総本山「金剛峯寺」、高野山の総門「大門」などがあります。

大門

大門は高さ25.1mの建造物で1705年に再建されました。左右には金剛力士(仁王)像が安置されています。

大門の仁王像

明治時代になるまで高野山は女人禁制で、女性はこの大門をくぐったところから先へは入れなかったそうです。

そのため、この門の左右からは女性が参拝するための女人堂に続く巡礼道「女人道」があり、現在も一部が通れるようになっています。

壇上伽藍

次に訪れたのが高野山で奥之院と並ぶ聖地である壇上伽藍です。先ず中門(ちゅうもん)が迎えてくれます。

この中門を象徴しているのが結界を守る四天王像です。

東を守る持国天像と北を守る多聞天像
西を守る広目天像と南を守る増長天像

広目天像の胸のセミは「鳴き声が遠くまで響いて悪を退ける」、増長天像の胸のトンボは「後には引かず(トンボは前にしか飛ばない)に悪を通さない」という意味があるそうです。

門を入ると正面に高野山の重要な行事が行われる総本堂の金堂があります。

その右後ろに見えるのが壇上伽藍のシンボルで真言密教の根本道場である根本大塔です。

高さ48.5mの朱塗りの大塔です

その他にも重要な建造物が並んでいます。

根本大塔と対をなす西塔
基壇を押して一回りすると経典をすべて唱えたことになるという六角経蔵
壇上伽藍根本大塔の御朱印(大日如来)

金剛峯寺

次に訪れたのは高野山最大の寺院で高野山真言宗の総本山「金剛峯寺(こんごうぶじ)」です。

もともとは豊臣秀吉の母の菩提寺として開かれたそうです
秀吉時代に建立された正門

正門の左には秀吉から拝領した青厳寺の寺紋「五三の桐」、右には高野山の鎮守・丹生都比売(にうつひめ)神社の定紋「三つ巴」が掲げられています。

東西約60m、南北約70mの大きさを持つ主殿
主殿に刻まれた龍の彫刻
金剛峯寺の御朱印

天野の里に向かいます

高野山を後にして世界遺産「丹生都比売(にうつひめ)神社」のある天野の里に向かいました。

丹生都比売(にうつひめ)神社に参拝

丹生都比売神社の境内

丹生都比売神社は空海を高野山に導いたとされる伝説に登場する狩人「高野御子大神(たかのみこのおおかみ)」の母で天照大御神の妹神でもある「丹生都比売大神(にうつひめのおおかみ)」を主祭神として祀っています。創建は1700年以上前と伝えられています。

丹生都比売神社の御朱印

高野山と弘法大師~空海まとめ

オーベルジュ「山荘 天の里」に到着

最後は「山荘 天の里」に宿泊しました。ここも口コミ等を参考に一休.comで予約しました。グルメの評判に加えて、1日限定8組という規模もコロナ禍でも落ち着いて過ごせるという点が決め手となりました。

丹生都比売神社から車で5分程度走ったところに、のどかな山里の風景に囲まれたオーベルジュがあります。

木を使って落ち着いた感じのエントランス
玄関を入って正面にある暖炉
吹き抜けの壁に掛かったウォーホールの絵(雰囲気に合っているかは微妙?)
2021年5月に新設されたモデレートルームに宿泊
部屋から見える美しい庭園

オーベルジュのディナーを満喫

こちらの夕食は地元素材を使用した和洋折衷が評判で今回の旅の中でも楽しみにしていました。

夕食に使用される素材が紹介されました
右側に見える猪肉の牛蒡巻きは癖もなくたいへん美味しかったです
食器にも季節を表現するディスプレイが施されています
オマール海老のポワレ
熊野牛ヒレ肉の備長炭焼(蓋を開けると桜チップの香りが漂う演出)
デザート

素材にも味付けにもこだわった料理を堪能でき、幸せな気分になりました。

朝食もまた素晴らしい

こちらも地元で作られている野菜や卵、パン、ハム・ベーコンといったものが使われ美味しくいただきました。

旬野菜のスープ
木箱に入った演出も楽しいパン、サラダ、卵、ソーセージ等
地元産フルーツ、ヨーグルト等

旅の最後を締めくくるにふさわしい宿泊体験でした。皆さんも機会があったら是非宿泊してみてください。

チェックアウト後南紀白浜空港を目指します

すべての予定を終えて帰宅のため南紀白浜空港までドライブです。

オーベルジュ周辺は山里の風景そのものです
休憩を含めて2.5時間ほどのドライブで空港に到着しました

和歌山を巡る旅を終えて

和歌山を巡る旅はこれで終了です。

今回初めて和歌山県をじっくりと巡ってみて、パンダの可愛さや自然のすごさを感じたり、熊野や高野山が何故大勢の人たちの信仰の場になったかを体感しました。やはり情報で知っているということと実際に見たり聞いたり体験したりすることの差は大きいんだということを再認識しました。

また次の旅を計画するエネルギーをもらいました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました